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はっとりの歴史 ― 奈良で受け継ぐ着物の美

はっとりの歴史 奈良 老舗呉服店

奈良の地で、四代にわたり静かに着物と向き合ってきた店があります。

「染と呉服はっとり」。

その名を聞いて、老舗の呉服屋を思い浮かべてくださる方もいれば、初めて耳にする方もいらっしゃるかもしれません。

今日は、この店がどこから来て、何を大切にして、なぜ今もここに在り続けているのか——その話を、少しゆっくりと聞いていただけたらと思います。


一枚の布が織り上がるまで

布というのは、縦糸と横糸が交差することで生まれます。

縦糸だけでは布にならない。横糸だけでも布にならない。二つが交差して、初めて一枚の布が生まれる。

「染と呉服はっとり」という店のことを考えるとき、私はいつもそのことを思います。

この店には、二本の糸があります。

一本は——代々受け継いできた、商人としての精神。お客様との長い関係を大切にし、信用を積み重ね、誠実であり続ける。奈良の土地とともに歩んできた時間が、この縦糸を太く丈夫にしてきました。

もう一本は——母方の家系から受け継いだ、染匠の血。色を見る目、布を扱う手、染めに宿る哲学。職人としての誇りと、美意識の高さ。これが、この店の横糸です。

縦糸と横糸が交差するところに、「染と呉服はっとり」という唯一無二の布が織り上がっています。

これは「老舗」という言葉だけでは足りない。

家業と職人、土地柄と歴史、商いの誠実さと美意識の高さ——これらが幾重にも重なってできた、文化そのものだと私は思っています。

縦糸——初代の言葉「呉服は待つ(松)もの」

初代が残した言葉があります。

「呉服は待つ(松)もの」

松は常緑で、どんな季節にも緑を保ちます。急がず、焦らず、変わらず——そういう木です。初代はその松に、商いの本質を重ねていたのかもしれません。

「呉服は待つもの」というのは、売ることを急がない、ということです。お客様の人生には節目があります。成人式、結婚式、子どもの七五三、親の葬儀——そういう節目の一つ一つに、ふさわしい一枚がある。それを、お客様と一緒に待つ。そのときが来たら、誠実に向き合う。

商いとは売ることではなく、信頼を積み重ねることだ——初代の言葉は、そう教えてくれています。

この精神が、はっとりの縦糸となりました。

急がない。焦らない。お客様の人生の時間に寄り添いながら、一枚一枚を手渡していく。四代を経てなお、この縦糸は太く、緩んではいません。

横糸——染匠の家系が授けてくれた「美の基準」

当店の物語は、商いの系譜だけでは語れません。

母方の祖父母、そして叔父は、染匠として生きた人たちでした。色を作り、布を染め、その仕事に誇りを持って向き合ってきた職人たちです。

染匠の仕事とは、技術であると同時に感性です。同じ染料を使っても、色の見え方は職人によって異なります。生地の目を読む力、光の中で色を判断する目、「これで良い」と「もう少し」を分ける審美眼——これらは、長年の修練と、生まれ持った感覚の両方から育まれるものです。

私はその家系に育ちました。

祖父が染め場に立つ姿を見ていた。叔父が色を語る言葉を聞いていた。意識していたわけではないけれど、いつの間にか、色の見方、布の扱い方、美しさの基準——それらが体に染み込んでいました。

商いの家系の「誠実さ」という縦糸に、染匠の家系の「美意識」という横糸が重なった。

これは、後から身につけようとして身につくものではありません。歴史と血筋が織りなした、この店だけのあり方です。

忘れられない商い——三代目様の振袖

縦糸と横糸が、最も鮮やかに交差する瞬間というものがあります。

ある日、一本のお電話をいただきました。

お孫娘さんの振袖のご注文でした。

そのご家族は、父の時代からお付き合いのある大切なお得意様でした。おばあ様が振袖を誂えられたのも当店で。お嬢様の晴れ着もここで選んでいただいた。そして今回、そのお嬢様がお母様になり、自分のお嬢さんの振袖のご相談をしてくださった——三代にわたるご縁です。

「お父様の時代からお世話になっていますから、今回もあなたのところにお願いしたいんです」

その言葉の重さを、どう表現したらいいでしょうか。

責任の大きさは、もちろんあります。三代にわたって信頼を託してくださっている。その期待に応えなければという気持ちは、確かに重い。でも、それ以上に——嬉しくて、力が入りました。

初代が「呉服は待つもの」と言った。その言葉の意味が、この瞬間に腑に落ちました。急がずに積み重ねてきた信頼が、一世代を超えて花開く。これが商いの本当の喜びだと、改めて感じました。

振袖を選ぶ過程で、お孫娘さんの肌の色や体型を見ながら、どんな色が映えるか、どんな柄が似合うかを考えました。そのとき自分の中に、祖父や叔父から受け取った「色を見る目」が自然と働いていることに気づきます。商人としての誠実さと、染匠から受け継いだ美意識が、この一枚に重なっていく——縦糸と横糸が、また一度、交差する瞬間でした。

着物が語ること——美と時間の重なり

着物には、ただ美しいだけではなく、時間が宿っています。

京友禅の黒留袖の裾に広がる松と鶴。その文様が選ばれてきたのは、美しいからだけではありません。長寿と慶びを象徴するその意匠が、何百年もかけて「おめでたい場に相応しいもの」として洗練されてきたからです。

格調高い振袖の金彩に光る牡丹の花。古典文様として受け継がれてきた意匠の一つ一つに、それを選び、着て、次の世代に渡してきた人々の歴史が積み重なっています。

これらの美を語ることができるのは、四代にわたる商いと、染匠から受け継いだ目があるからです。着物の美しさを、ただ「きれい」と言うのではなく、その美しさがどこから来て、何を意味しているのかを語れること——それが、この店が受け継いできたものの一つです。

着物を次の世代へ手渡すとは、布を渡すことではありません。その布に宿る時間と意味を、一緒に渡すことです。それが、「染と呉服はっとり」が四代を通じて守ってきた、この店の仕事の本質です。

奈良の地で——これからも、待ちながら

奈良は、時間の流れ方が少し違う土地だと私は思っています。

千三百年の歴史を持つ社寺が日常の風景にある。鹿が境内を歩く。石畳の上を、季節ごとに異なる光が流れる——そういう場所で商いをしてきた。その土地柄が、私たちの商いの速度を作ってきたのかもしれません。

急がない。焦らない。

「呉服は待つ(松)もの」という初代の言葉が、奈良という土地の時間と、深いところで一致していた気がします。

これからも当店は、お客様の人生の節目を一緒に待ちながら、着物と共にある時間をそっと支えていきたいと思っています。

三代にわたってご縁をいただいているご家族がある。何十年も通い続けてくださっているお客様がある。そして、今まさに初めて当店の扉を開けてくださっている方がある。

どの出会いも、縦糸と横糸が交差する一点です。

その一点一点が積み重なって、「染と呉服はっとり」という布が、今日も少しずつ、織り続けられています。

「呉服は待つ(松)もの」

急がず、焦らず、お客様の人生の節目を共に待つ。
初代から受け継いだこの言葉を、これからも大切に守り続けます。

染と呉服はっとり 女将


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