着物と共に生きてきた人生ー今年八十八歳になる二人の男から学んだ事

父の人生ー叔父の人生
呉服商として奈良で商いを続けてきた父と、
京都の職人たちと向き合い続けてきた染匠である叔父。
今年、この二人がともに八十八歳を迎えます。
同じ年に生まれ、同じ時代を生き、
それぞれ異なる立場から、
着物という文化と真正面から向き合ってきた二人です。
この文章は、着物と共に生きてきた、二人の男の「時間」そのものを記しておきたく綴っています。
また、叔父の父親(私の母方の祖父)も同じ染匠として、
明治・大正・昭和・平成を生き抜いた人でした。
寡黙で優しく、いつも私たちを包み込んでくれた偉大な人でした。
着物が「生活」だった時代を生きた世代
今でこそ、着物は
「特別な日の装い」
「非日常のもの」
として語られることが多くなりました。
しかし、父や叔父が若かった頃、
着物は特別なものではありませんでした。
日常であり、
仕事であり、
暮らしそのものでした。
店には反物が並び、
帯が自然に掛けられ、
仕立てをする職人さんの声が聞こえ、
家族が一丸となって商いに着物創作に励んだ、
そんな賑わしい時代でした。
友禅の良し悪し、染めと織りの違い、
和装の格や用途の差を、
言葉で説明する前に、身体が理解している。
そんな時代を、
二人は「特別だと思うこともなく」生きてきました。
また当時は、
本当に良い着物を求めるお客様が多く、
その目は非常に厳しく、肥えていました。
創る現場も、誂える現場も、
生半可な仕事は決して許されない。
だからこそ、
厳しさの中に、
着物を創る喜びと誇りがありました。
父と叔父は、
その真ん中を生きてきた世代です。
今現代の呉服を取り巻く世界の厳しさとは
また違う意味の厳しさを体感した世代でした。
呉服商としての父 ―「売る」のではなく「預かる」仕事
父は、呉服商として奈良で商いを続けてきました。
ただ着物を売る、という仕事ではありません。
職人と共に着物を創り、
完全なお誂えに向き合い、
仕立て直し、寸法直し、
そしてお手入れまで含めて、
着物の「その後の人生」まで預かる。
そんな感覚で、お客様と向き合ってきた人です。
「この着物は、今は触らん方がいい」
「これは、次の世代で直したらええ」
「ここに刺繍と金彩を足したら、品が上がる」
「ここは友禅を少し入れてもらおう」
数えきれないほどの着物を見てきた経験が、
そうした判断を、迷いなく導いてきました。
売るための言葉よりも、
残すための判断。
父の仕事は、
着物と人の人生をつなぐ仕事でした。
叔父の仕事 ― 職人と文化をつなぐ存在
一方で叔父は、
京都の伝統産業の現場で、
職人と真正面から向き合う立場にありました。
表に名前が出る仕事ではありません。
作品が評価されても、
語られることの少ない役割です。
しかし、
誰かが間に立たなければ、技は残らない。
染匠とは、そういう仕事です。
技を理解し、
職人を支え、
職人同士を繋ぎ、
文化を次につなぐ。
その現実を、
叔父は声高に語ることなく、
静かに引き受け続けてきました。
また、着物の手直しにも非常に長けており、
「叔父に出来ないことは無いのではないか」
そう思えるほどでした。
そこには
一人の職人としての意地と、
文化を背負う覚悟がありました。
吉田隆男 【手描友禅染匠】吉田隆男 | 和こころ – 千年先も語り継がれる物語 –
後にその功績が認められ黄綬褒章を拝受しております。
共通していたのは「派手なことはしない」という姿勢
父と叔父に共通しているのは、
決して声高に語らないことです。
安さを売りにしない。
流行に振り回されない。
無理なことは勧めない。
一見すると地味です。
しかし、その姿勢こそが、
長く信頼されてきた理由なのだと思います。
派手さよりも、誠実さ。
一時よりも、継続。
それが二人の哲学でした。
八十八歳になった今、あらためて思うこと
八十八歳という年齢になり、
二人の背中から感じるのは、
「誠実に続けてきた」という事実の重みです。
着物は、一代で終わるものではありません。
仕立て、
直し、
守り、
次へ渡す。
その積み重ねの先に、
今の当店があり、
父と叔父、二人の姿があります。
そして、この二人は正に「ほんもの」だと心から思っています。
着物を任せるということ
着物をどこで買うか。
どこで手入れをするか。
それは価格だけの問題ではありません。
誰が、その着物の人生を見てくれるのか。
誰が、次の世代まで考えてくれるのか。
その選択だと思っています。
父や叔父が生きてきた時代の考え方は、
今も、私の仕事の根底にあります。
商いを続けていく覚悟
着物は、
一枚の布でありながら、
人の人生と深く結びついています。
今年八十八歳になる二人の男が、
着物と共に生きてきた時間は、
そのことを静かに教えてくれます。
流行ではなく、
品格と継承を大切にする呉服屋でありたい。
そう覚悟を決め、
今日も一枚一枚の着物と向き合っています。
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