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初着は三代受け継げる?呉服店が実例と仕立て直しのポイントを解説|昭和から令和へ家族を包んだ一枚

男児祝着 五葉松に鷹の柄

初着は三代・四代と受け継ぐことができます。 ただし、状態によっては仕立て直しや洗い張りが必要です。 この記事では、実際に三代続けて使われた初着の実例と、 どのような手入れをすれば受け継げるのかを解説します。

染と呉服はっとりの女将です。お宮参りのご連絡をいただきますと、私はいつも胸が温かくなります。

生まれたばかりの命を抱いて、若いお父さんとお母さんが、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に神社の石段を上っていく——その光景を何度見ても、飽きることがありません。

今日は、そのお宮参りにまつわる、ある家族のお話をさせてください。

三代にわたって一枚の初着が受け継がれた、山中(仮名)家の物語です。


はじまりは、一枚の初着

昭和五十二年、秋のことでした。

当店の引き戸を元気よく開けて入ってこられたのは、三十代半ばの若い男性でした。頬を少し紅潮させて、照れたような笑顔で「息子が生まれまして」とおっしゃいました。(現大女将の記憶から)

山中健一(仮名)さん。奈良市内で工務店を営む、この地域では顔なじみのご家族の長男でした。

「男の子なので、立派なものを。妻が女の子だったら赤の初着で、と言っておりましたが、まさか男の子とは」と笑いながら、「一生ものを選んでやりたいのです」とおっしゃいました。

私の先々代——当時の大女将と父——男児祝着を何点かご用意させていただきました。

白地にぼかしの宝船、ぼかしの波間と松の絵柄が力強く描かれた一枚を手に取った瞬間、健一さんの目が変わりました。

「これです。これにします」

即決でした。男親というのは、子どもの晴れ着をこういう顔で選ぶものです。

宝船は、開運招福と七福神が乗り合わせ人生という大海にこぎ出で縁起の良いもの——「我が子を守りたい」という父親の願いが、この文様には込められています。白地に紺と抹茶色で彩られたその初着は、生まれたばかりの赤ちゃんが身に纏うには少し大人びた迫力がありましたが、それもまた「この子に大きく育ってほしい」という親心の表れのように思えました。

「大切にお召しください」と先々代がお包みしたその初着が、まさか三代の男の子を包むことになるとは、このときは誰も知りませんでした。

一代目——山中 翔太郎、春日大社へ

昭和五十二年十一月。奈良は色づいた紅葉が春日山を彩る季節でした。

山中健一さんご夫妻は、生後三十二日目の長男——翔太郎(仮名)くんを抱いて、春日大社へお宮参りに向かいました。健一さんのお母様が、白地の初着を翔太郎くんの上からそっと羽織らせ、紐を結びました。

後日、健一さんが写真を持って店に来てくださいました。

紅葉を背景に、初着を纏った赤ちゃんを抱く若い夫婦の写真。初着の宝船が、小さな命を包んで輝いていました。

「立派な男の子ですね」と先々代が申し上げると、健一さんは照れて頭を掻きながら「次は女の子が欲しいですけどね」とおっしゃっていました。

初着はその後、七五三でも活躍しました。五歳のお祝いでは袴と合わせて——翔太郎くんはすくすくと育ち、初着は少しずつ子どものぬくもりを吸い込みながら、山中家の箪笥の中に大切にしまわれていきました。

*現在は、男の子でも三歳参りをする家庭が増えておりますが、本来は男の子は五歳でお参りです。時代と共に文化が少しずつ変わってきたのかもしれません。

二代目——山中 大和、二十数年の眠りから覚めて

平成十五年。翔太郎くんが成人して数年が経った頃のことです。

店に電話がかかってまいりました。

「染と呉服はっとりさんですか。山中翔太郎と申します。昔、父がそちらで初着を買ったと聞きまして」

懐かしいお名前でした。あの赤ちゃんが、もう電話をかけてくる年齢になったのかと、時間の速さに目が眩む思いがしました。

翔太郎さんに第一子が誕生した——しかも男の子だというのです。

「父の初着が箪笥に眠っているのですが、息子に着せることはできますか」

「ぜひ、持ってきてください」

数日後、翔太郎さんが持参してくださった初着を拝見しました。約二十五年の眠りの間に、衿と袖口に若干の黄変がありました。全体にもわずかなくすみ。しかし生地はしっかりとしており、職人の手にかければ十分に蘇ると判断しました。

丸洗いと汗抜き、衿の染み抜きを施して仕上げた初着は、二十五年前の輝きをほぼ取り戻しました。

「きれいになりましたね。父が選んだ着物が、息子にも着せられる。なんか、嬉しいです」

——翔太郎さん、お受け取りの際に

平成十五年、秋晴れの日。春日大社の参道を、翔太郎さんとお嬢さんが歩まれました。翔太郎さんのお父様——健一さんも一緒においでになったと後で伺いました。

健一さんは、二十五年前に自分が選んだ初着が孫を包んでいる光景を、どんな気持ちでご覧になったことでしょう。

初着の中に宿る、大和(仮名)くん——二代目の男の子は、宝船の文様に包まれて、春日の神様に守られました。

三代目——そして、その電話

令和八年の春のことでした。

店の電話が鳴りました。

「あの……山中と申します。山中大和と言うのですが」(実際は、お祖母様が電話を)

山中大和さん。あの初着を二度目に包んだ赤ちゃんが、今度は電話をかけてくる側になっていました。

胸が詰まりました。

大和さんには、この春、男の子が生まれたとのこと。

「祖父に聞いたら、初着はそちらで買ったと。父もそちらでお世話になったと聞きました。その初着、まだ使えますか」

「出来るだけの事は精一杯させていただきます」と答えながら、私は受話器を持つ手が熱くなっているのを感じました。

三代目です。

昭和五十二年に健一さんが選んだ初着が、令和の時代に三代目の男の子を包もうとしている。

四十七年ぶりに開く、箪笥の引き出し

大和さんが初着を持参されたのは、お子様が生まれてから二週間後のことでした。

一緒においでになったのは、お父様の翔太郎さんと、なんと九十歳を超えられた健一さん——初着を選ばれた、山中家の大黒柱でいらっしゃいます。

健一さんは、杖をつきながらも背筋のまっすぐな、穏やかな笑顔の老紳士でした。

「久しぶりにここに来ましたよ。昔の店よりきれいになりましたね」とおっしゃって、店の中をゆっくりと見回されました。

初着を広げました。

二代目の大和さんが着用されてから二十年あまり。衿には年月の黄ばみ、袖には微細な汚れ、全体に保管中の湿気の痕跡がありました。それでも、白地の底に宝船は堂々と息づいており、ぼかしの波間は色褪せることなく、金の松は輝きを保っていました。

「わしがこれを選んだのは、五十年近く前か……」

健一さんは初着をそっと撫でながら、遠い目をされました。

「翔太郎にも大和にも着せた。今度はひ孫か。こんな日が来るとは思わんかったな」

その言葉を聞いて、店の中が静かになりました。翔太郎さんも、大和さんも、黙って初着を見つめていました。

私は「お召しになっていただけます」と申し上げて、初着をお預かりしました。

三代の記憶を洗う

初着の手入れに取り掛かりました。

まず洗い張り——着物をすべて解いて反物の状態に戻し、専門の水洗いで約五十年分の汚れを繊維の奥から引き出します。健一さんの汗、翔太郎さんの汗、大和さんの汗——三代の体のぬくもりが染み込んだ生地を、職人が丁寧に洗っていきます。

洗い上がった生地を見たとき、私は声をあげそうになりました。

白地が、蘇っていました。

五十年近くのくすみが取れると、宝船の金糸が光を弾き、五葉松が凛と広がり、ぼかしの波間が鮮やかに浮かび上がりました。初着が本来持っていた力が、眠りから覚めたように息吹いていました。

次に染み抜きです。衿・袖口・裾の黄変と汚れを、着物専用の溶剤で部位ごとに丁寧に処置します。白地の染み抜きは特に技術を要します。地色を傷めずに汚れだけを引き抜く——繊細な見極めと経験が必要な作業です。

最後に、仕立て直し。三代目のお子様——令和八年生まれの慶一(仮名)くんのお宮参りに使えるよう、初着としての形に整えます。衿と紐を新しくし、全体のほつれを補修して、仕上げのプレスをかけます。

完成した初着を広げたとき、店内が「わあ」と小さく声をあげました。

昭和五十二年に誂えられた初着が、令和の光の中で、まるで誂えたばかりのように輝いていました。

【専門家の視点】 この初着が三代にわたり受け継がれたのには、いくつかの技術的理由があります。 生地の打ち込みが強く弱りが少ないこと、染めが良く変色が最小限であること、縫い代がしっかり残された丁寧な仕立てであること、そして保管状態が良かったこと。 これらが揃って初めて “三代着られる初着” になります。

令和六年、春日大社——三代目のお宮参り

お宮参りの日は、初夏の晴れた朝でした。

その三週間後後、山中家の皆さんが春日大社へ向かわれました。慶一くんを抱く大和さんとお嬢さん、翔太郎さんご夫妻、そして杖をつきながらも晴れやかな顔の健一さん——三世代が揃って参道を歩まれました。

白地の初着が、令和の春日山を背景に翻りました。

五葉松は、今日も慶一くんを守っています。

宝船は、今日も慶一くんの前途を見据えています。

後日、大和さんから写真を送っていただきました。

参道の石畳の上に、三世代が横に並んでいる一枚。一番右に九十歳を超えた健一さん、その隣に翔太郎さん、そして初着を纏った慶一くんを抱く大和さん。(お写真は、差し控えさせていただきます)

その写真を見て、私はしばらく店の奥で動けませんでした。

「女将さん、父が言っていました。『この初着を選んで本当によかった』と。私もそう思います」

——大和さんから届いたメッセージ

健一さんが昭和五十二年に選んだ一枚の初着が、四十九年の時を旅して、三代目の慶一くんに届きました。

着物というのは、やはり不思議な存在です。人よりも長く生きて、人の喜びを何度も何度も包み込む。その力が、着物にはあります。

【三代受け継げる初着の条件】 ・生地の質が良い ・仕立てが丁寧で縫い代が残っている ・保管状態が良い ・必要に応じて洗い張りや寸法直しを行う

【相談すべきタイミング】 ・初着を譲り受けたとき ・シミやカビを見つけたとき ・次のお宮参りが決まったとき

おわりに——女将より

最近、三代目のお宮参りや七五三のご相談が増えてまいりました。

以前は「ママ振袖」や「二代目の七五三」というお話を多くいただいておりましたが、ここ数年は「祖父が購入した初着を孫に」「曾祖母の着物をひ孫に」という三代・四代にわたるご相談が、確かに増えています。

それはとても喜ばしいことだと、私は思っております。

着物は「消費するもの」ではありません。世代を超えて受け継ぐことのできる「時間の器」です。一枚の初着に込められた「この子の健やかな成長を」という親の祈りは、二代目・三代目を包んでも、少しも薄まることがありません。むしろ、重なり合うことで、深みを増していきます。

箪笥の奥に眠っている初着や七五三の着物があるご家族は幸せです。

「もう古くて」「シミがあって」「サイズが違うかも」——そんな心配がおありなのはよく分かります。

出来ると判断した仕事は、職人の手にかければ、蘇ります。(残念ながら劣化により出来ないと判断する場合もあります)

そしてその着物が、次の小さな命を包むとき、あなたの家族の物語はまた一ページ、豊かに加わります。

山中慶一くんが大きくなって、いつかこの初着の話を聞いたとき、どんな顔をするでしょうか。

「ひいおじいちゃんが選んだ着物を、自分が着たんだ」と。

その言葉の重さを、ぜひご家族で味わっていただきたいと思います。

当店は、そのお手伝いをするために、奈良でこの仕事を続けております。


初着・祝着の仕立て直しについて

「二代目・三代目に着せたい」とお考えの方へ、当店でお受けしている主なサービスをご案内します。

  • 丸洗い・クリーニング:長期保管のくすみ・汗・ほこりをリフレッシュ
  • 染み抜き・黄変抜き:年月で生じたシミ・黄ばみの除去・軽減
  • 洗い張り:解いて水洗い。全体を根本からリフレッシュしたい場合に
  • 仕立て直し・補修:衿・紐の交換、ほつれ補修、寸法調整
  • 保管方法のご相談:次の世代に渡すための正しい保管アドバイス

※ 初着・祝着の状態確認・お見積もりは無料です。まずお持ちください。


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皆さんお着物を日常にお召しになられないのでこんな疑問は当たり前のことです。
どうぞご相談下さいませ。一緒に考えさせていただきます。
呉服専門店は、そんな皆様の道先案内人となって差し上げます。

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