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奈良で長く選ばれ続ける呉服店には理由がある|女将が見てきた決定的な違い

振袖 黄色地にぼかしまん幕四季の花

着物は、どこで買っても同じだと思われることがあります。
同じ反物、同じ作家、同じ様な柄。
確かに「物」として見れば、大きな違いはないように見えるかもしれません。

しかし、長年この仕事をしてきて、はっきりと申し上げられることがあります。

着物は「どこで買うか」で、その後の価値がまったく変わります。

そして実際に、何十年と通ってくださるお客様、三代にわたってお付き合いが続くご家族がいらっしゃいます。
なぜそのようなことが起こるのか。

今日は、女将として見てきた「選ばれ続ける理由」を、正直にお話しします。


ある日、三代にわたって当店をご利用いただいているお客様が、お孫さんを連れてご来店になりました。「おばあちゃんがここで選んだ着物が大好きだって言うから」——そう言ってお孫さんが照れながら話してくれたとき、私は少し胸が詰まりました。

なぜ、この方々は三代にわたって当店に通ってくださるのか。

答えを探していました。「良い着物を揃えているから」「長年続いているから」「奈良の老舗だから」——どれも違う気がしました。表面的すぎる。

長く考えて、少しずつわかってきたことがあります。

今日はその「本当の理由」を、正直に書いてみます。

◇  ◇  ◇

一 「買わなくていい」と言い続けてきたこと

思い返すと、当店に長く通い続けてくださるお客様の多くは、最初の来店で「何も買わずに帰った方」です。

「今日はちょっと見るだけで」とおっしゃって来られた方。相談だけして帰られた方。手持ちの着物を持ち込んで、アドバイスだけ聞いて帰られた方——そういう方が、次の月にまたいらして、その次の年にまたいらして、やがて大切な一枚を誂えてくださいました。

なぜ、何も買わずに帰った方がまた来てくださるのか。

おそらく「買わなくていい」という空気を感じていただけたからだと思っています。

着物を売ることが仕事です。でも「今日買ってください」という気持ちを押しつけたことは、長いこの仕事でほとんどありません。「今日は来てくださっただけで十分です。また気が向いたら」——これが本心でした。

信頼は、売らないことで始まることがある。

これは逆説のように聞こえますが、私には実感のある言葉です。「あの店に行くと買わされそう」と思われた瞬間に、その店との関係は終わります。「あの店に行くと、ゆっくり考えられる」と感じた瞬間に、関係が始まります。

◇  ◇  ◇

二 「似合わない」と言い続けてきたこと

もう一つ、ずっとやってきたことがあります。

「この着物、この方には似合わない」と思ったとき、正直に言う——これです。

褒めることは簡単です。「とてもお似合いです」「この色がよく映えています」——こういう言葉はするっと出てきます。でも長年この仕事をしてきて、「似合わない」と言わなかったために、お客様がタンスに眠る着物を一枚増やした場面をたくさん見てきました。

「これは少し顔が沈みますね」「帯との組み合わせが、もう少し考えましょう」「今日は決めないで、もう一度来てください」——こういう言葉を言うとき、その場での売上は生まれないかもしれません。でも、それを言えた後の方がお客様との関係が深くなることを、経験として知っています。

「あの女将は正直に言ってくれる」——この評判が、長い信頼の根になってきたと思っています。

呉服店の女将が「似合いません」と言えること——これは技術ではなく覚悟の話です。売上より顧客の利益を優先するという覚悟。この覚悟が日々の言葉に表れ、それがお客様に伝わっています。

◇  ◇  ◇

三 着物の「記憶」を持つ店

長くお付き合いしているお客様のことを、私はよく覚えています。

どんな体型か。どんな色が好きか。何年前にどんな着物を誂えたか。手持ちの帯は何本あるか。お嬢さんの成人式はいつか——こういう「その方の着物の履歴」が、自然に頭に入っています。

ある日、久しぶりにご来店になったお客様に「そういえば、10年前に誂えた薄藤の訪問着、その後いかがでしたか?」と聞きました。お客様は少し驚いた顔をして、「覚えてくださっていたのですね」とおっしゃいました。

当然のことだと思っていたのですが、その方にとっては意外だったようです。

「着物の主治医」という言葉を使うことがあります。健康診断のたびに医師が患者の過去の経緯を把握しているように、呉服店も「そのお客様の着物の全体像」を把握していることが、本当のサポートになる——そう思っています。

記憶されているということは、大切にされているということです。

着物を選ぶとき、自分のことを何も知らない店員と、自分の着物の歴史を知っている女将——どちらと話した方が安心か。この差が、長い関係の基礎にあると感じています。

◇  ◇  ◇

四 「困ったとき」に頼れる場所

長く通い続けてくださるお客様に、共通するエピソードがあります。

みなさん、「困ったとき」に当店に来てくださっています。

行きつけの呉服店が閉店して途方に暮れた方。突然の訃報に喪服が必要になった方。母の形見の着物をどうすればいいかわからなかった方。母の振袖を娘のサイズに直したいが、どこに頼めばいいかわからなかった方——。

「困ったとき」に頼れる場所——これが呉服店の本当の価値だと、長くこの仕事をしながら感じてきました。

着物を売ることだけなら、もっと効率的な方法があります。ネットで売ることも、チェーン展開することも。でも「困ったときに駆け込める場所」は、長い時間をかけて積み上げた信頼関係がなければ作れない。

困ったとき」に思い出していただける店——それが当店の存在価値だと、最近はっきり思うようになりました。

「困ったことがあったら、また来ます」

お客様がこう言って帰られるとき、それが最も嬉しい言葉だと感じます。「また買いに来ます」より「また相談しに来ます」の方が、深い関係の証だからです。

◇  ◇  ◇

五 世代を超える理由

三代にわたってお付き合いいただいているお客様の話を、冒頭でしました。実際には、四代にわたるお付き合いのお客様もおいでになられます。

なぜ世代を超えた関係が生まれるのか。考えてみると、「着物が繋いでいる」のだと思います。

祖母が当店で誂えた訪問着が、娘に渡る。娘が着物を仕立て直す相談に当店に来る。その娘がお孫さんを連れてくる——着物という「物」が世代を越えて受け継がれるとき、その着物を誂えた店への「記憶」も一緒に受け継がれます。

「おばあちゃんがここで選んでくれた着物」——この言葉が持つ重さは、着物そのものの価値とは別のところにあります。祖母の選択への信頼・祖母が大切にしていた場所への尊重——これが世代を越えた来店の動機になっています。

着物は3代持つ。着物屋との関係も、3代続く。

この言葉を実感するようになったのは、この仕事を長く続けてからのことです。最初の来店から30年後・40年後・50年後・60年後に、そのお嬢さんやお孫さんがご来店になる——それが本当に起きていることです。

だとすれば、今来てくださっているお客様との関係は、30年後のお嬢さんへの種まきでもある。そう思うと、目の前のお客様との一つひとつの会話が、より大切に感じられます。

◇  ◇  ◇

六 お客様が教えてくれたこと

なぜ選び続けてくださるのか——この問いに、実はお客様自身が答えてくださることがあります。

「ここに来ると、自分の着物のことを全部話せるから」

「着物の事を把握して下さっていて、とても相談しやすいので」

「他の店と違って、急かされないから」

「正直に言ってくれるから」

「何も買わなくても嫌な顔をしないから」

「着物を広げて一緒に考えてくれるから」

「着物談義がとても楽しいから」

これらの言葉に共通するのは——着物の「もの」の話ではなく、関係の「質」の話だということです。

お客様は着物を買いに来ているのではなく、「この人と一緒に着物を選びたい」から来ている。着物という「もの」の取引ではなく、信頼という「関係」を求めて来ている——この事実が、長く通って下さる理由の核心だと思います。

「この人なら信頼できる」という感覚は、一度の取引では生まれない。何度も来て・何度か相談して・何度か正直な言葉を聞いて——その積み重ねの中で静かに育つものです。急いで作ることも・お金で買うこともできない。時間だけが作れるものです。

◇  ◇  ◇

七 「選び続ける」ということの意味

最後に、「選び続ける」ということの意味を考えたいと思います。

現代は選択肢が増えました。ネットでも・大型店でも・リサイクルショップでも着物は買えます。それでも老舗の呉服店を選び続けてくださる方がいる。

これは「惰性」ではないと思っています。

選択肢がある中で選び続けることは、毎回の「選択」です。「他の選択肢もあるが、ここを選ぶ」という積極的な判断が、毎回起きている。

なぜ選ばれるのか——それは「着物という文化の中に生きている人がいる場所」だからではないかと思います。

着物の格・季節の美意識・色の意味・家紋の歴史・お手入れの技術——これらを身につけた人間がいる場所。着物を「商品」としてではなく「文化の一部」として扱っている場所。そういう場所で着物を選ぶことは、単に衣服を購入することを超えて、日本の文化の何かに触れることでもある。

それを感じていただいているからこそ、選び続けていただけるのではないかと——。

着物を選ぶことは、その背後にある1000年の文化を選ぶことでもある。そのことを一緒に感じられる場所を、お客様は求めている。

これが、私の出した「本当の理由」です。

自分でも、まだ完全に言語化できていない気がします。でもこれが今の正直な答えです。

◇  ◇  ◇

三代にわたってご来店いただいているお客様のお孫さんが、帰り際にこう言われました。

「また来ます。今度は自分の着物を選びに」

その言葉が、今もずっと耳に残っています。

長くこの仕事を続けてきて、よかったと思えた瞬間のひとつです。

次の世代にも「また来ます」と言っていただける場所であり続けること——それが当店の、これからの目標です。

着物選びで大切な考え方については、こちらの記事をご覧ください。

呉服の目利きとは、何か?|呉服屋の女将が解説——3歳から着物と生きてきた目が見ているもの
良い着物(高い着物)と安い着物の違い|後悔しない見極め方と選び方
女将の着物哲学|奈良の呉服店四代目の考える着物とは

奈良で着物を買うには? 着物選びに迷われたらこちらの記事を参考にして下さい。

着物は素敵だけれど、どうしたらいいの?管理の仕方は?
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