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着物を愉しむブログ

女将の着物哲学|奈良の呉服店四代目の考える着物とは

色留袖の柄のアップ 正倉院 古代裂よりインスピレーションを得た柄

◇  ◇  ◇

着物の色は、嘘をつきません。

どれだけ美しい反物でも、その方の顔に当てた瞬間に「合う・合わない」が出る。

言葉ではなく、光が正直に教えてくれます。

顔が明るくなる色、顔が沈む色——その差は微妙なようで、実はとても明確なものです。

私はこれまで幾千枚もの着物をお客様のお顔に当ててきました。

何万色もの地色を見てきました。

お誂えの現場では、地色に少し「青み」や「黄み」や「赤み」や「黄土」を足してなどと指示する事があります。

その一枚一枚が、色というものへの問いかけでした。

なぜこの色はこの方に映えるのか。なぜあの色はあんなに顔を暗くしてしまうのか。

答えは教科書にはありません。ただ、長い時間の中で、少しずつ見えてきたものがあります。

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着物は嘘をつきません。

お客様が持ち込まれるお着物を何万となくお手入れをしてきました。

その方のお着物に向き合っておられる姿勢が経験を通してよくわかります。

箪笥に任せて放置されておられる方、お召しになれば次の出番の為にすぐさま処置なさる方。

着物は、扱う方の子供の様な存在で、決して嘘をつきません。

大事にされているお着物は綺麗です。

見ればその方の着物に対する愛着が見えてくるのです。

私は、着物を大切にしていただきたい想いでこの仕事に取り組んでいます。

当店にお越しのお客様には、必ずお手入れの重要さをお伝えしています。

着物の何十年後、着物は嘘をつかない事を覚えておいて下さい。

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一 染匠の血が教えてくれたこと

私の母方の家は、もともと京友禅の染匠の家系です。

祖父は、京都で友禅を染めていました。その祖父が「色とはこういうものだ」と言っていた言葉を、今でも覚えています。

色は単独では存在しない。必ず隣の色と呼応して初めて「色」になる。「混ぜたら良い色になる」「考えなあかん」「一色足すんや」
——祖父の口癖

子どもの頃は、その意味がよくわかりませんでした。でも着物の仕事をするようになって、しみじみと身に沁みました。

同じ赤でも、隣に白を置いた赤と、隣に黒を置いた赤は、全く別の顔をします。同じ青でも、緑の隣に置いた青と、橙の隣に置いた青では、見る人の印象が180度変わります。色は生き物です。隣に何が来るかによって、表情が変わる。

同じベージュでも一滴「青み」を足したベージュと「黄土」を足したベージュでは、全く違う色になる。

着物のコーディネートとは、この「色の会話」を設計することだと、私は思っています。

着物・帯・帯締め・帯揚げ・衿——これらすべてが色の会話をしていて、その会話がちぐはぐだと、どれだけ一枚一枚が美しくても、着姿としてまとまりません。

染匠の家系に生まれて、色の「会話」を見てきた目——それが私の仕事の原点です。

3歳の頃には遊びであった色合わせが、今では私の人生を支えてくれています。

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二 明治から続く店で、引き継いだもの

当店は明治に曾祖母が創業し、現在、私が四代目を務めています。

百年以上の店を引き継ぐということは、商売を引き継ぐだけではありませんでした。お客様との関係を引き継ぐことでした。

先代の祖父と祖母——私の父と母(大女将)——は、長年お付き合いしてきたお客様の「着物の好み」を、すべて頭の中に入れていました。あの方は寒色が好きだけれど、似合うのはむしろ暖色系。

あの方は毎回派手なものを好まれるけれど、落ち着いた色の方が顔が生きる。あの方は自分では地味と思っているが、実は深い色が最もよく映える——。

そのデータは帳面にあるわけではありません。数十年の対話の中で積み重なった、目と記憶の中にあるものです。

色の好みや似合う色を数値化出来れば、簡単に済むことなのですが、これが経験と勘でしか解らないのが、着物の難しいところでもあります。

私が店に入ったとき、母からはっきりと言われたことがあります。

お客様の顔を覚えなさい。名前より先に、その方の色を覚えなさい。好みを把握しなさい。感覚で覚えなさい。

最初はその意味がわかりませんでした。でもやがてわかってきました。お客様のお顔に似合う色の系統を「その方の色」として覚えること——それが、長く信頼されるための最初の一歩だということが。

今では私も、長くお付き合いのあるお客様がご来店になると、その方の着物歴が頭の中に浮かびます。あの色でうまくいった。あの色は思ったより似合わなかった。あのときのコーディネートが一番ご本人も喜んでくださった——。

これは「データ」というより「関係の記憶」です。着物は長いお付き合いの中で育まれるものだと、改めて感じています。

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三 見本帳を使わない理由

色無地の色を選ぶとき、当店では見本帳を使いません。

これを初めてお伝えすると、多くの方が驚かれます。「では何で選ぶのですか」と。

答えは簡単です。実際の色の束を白生地の上に置いて選ぶのです。

見本帳の布片は小さすぎます。数センチの布片と、一反分の布では、色の印象がまったく違います。同じ色でも、面積が変わると目に飛び込んでくる力が変わる。数センチでは「きれいな色」と感じても、反物で顔に当ててみると「この色、思っていたより強い」となることがあります。その逆もあります。

それに、色は光で変わります。店内の蛍光灯の下と、窓際の自然光の下では、正絹の色の顔がまるで違う。見本帳の小さな布片では、この変化を確認することができません。

私の仕事は、お客様が実際に着物を着てお出かけになる「その場所の光の中」での似合い方まで想像しながら色を選ぶことです。茶室の柔らかい間接光の中で映える色と、式典会場の明るい照明の下で映える色は、同じようで微妙に違います。

着物を纏う「その瞬間の光」の中での美しさを想像できなければ、本当の意味での色合わせにはならない——これが、私が見本帳を使わない理由です。

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四 似合う色は、好きな色とは違う

長年この仕事をしていて、最も多いのが「自分の好きな色を着たい」というお気持ちです。

それは当然のことで、好きな色を纏うことの喜びは本物です。でも着物の世界では、「好きな色」と「似合う色」がずれることが少なくありません。

以前、長くお付き合いしているお客様が「紫が好きだから、紫の色無地が欲しい」とおっしゃいました。紫はその方のお好みの色で、洋服も紫系のものをよく着ておられました。

しかし実際に紫の反物をお顔に当てると、顔色がくすんで見える。顔のハリが消えてしまうような印象になりました。その方の肌色と紫の関係が、うまく噛み合っていなかったのです。

そこで私はいくつかの色の束を見ながら、少し橙みを帯びたくすんだ薄い金茶色を選んでみました。するとお客様の目がぱっと明るくなり、「そのお色綺麗ですね」となりました。

染め上がった反物を確認していただき、とても綺麗にフェイスラインがキリッとしました。

「こんな色、自分では選ばなかった」とおっしゃいましたが、鏡を見て「あ、素敵ね……」と言葉が途切れました。その続きは言わなくても伝わっていました。

似合う色を知ることは、自分の知らない自分の美しさを知ることです。そしてそれを一緒に発見する瞬間が、この仕事の最大の喜びです。

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五 色合わせの「間(ま)」について

着物のコーディネートで、私が最も大切にしていることは「間(ま)」です。

すべての色を主張させてはいけない。すべての色を競争させてはいけない。

どこかに「静かな色」を置くことで、他の色が生きてくる。華やかな着物には静かな帯を。シンプルな着物には語りかける帯を。そのバランスを「間」と私は呼んでいます。

この「間」の感覚は、茶道の「間」や、日本庭園の「余白」と同じものだと思っています。詰め込みすぎず、引きすぎず——その均衡の中に、日本の美意識があります。

着物のコーディネートが過剰になるのは、ほとんどの場合「主張する色が多すぎる」ときです。着物の柄・帯の柄・帯締めの色・帯揚げの色——これらが全員一斉に声を上げると、うるさい着姿になります。

ひとつだけ「語る色」を決めて、他は「聴く色」にする。そのとき着物全体が一つの物語になります。

着物は着る方の引き立て役でなければならない。着物が主役になった瞬間に、着ている方が負けてしまう。

これは父や母から引き継いだ言葉です。私自身が今もコーディネートをするとき、いつも自分に問いかけていることです。
この帯は、着る方を引き立てているか。それとも帯だけが主張していないか——。

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六 奈良という土地が育てた審美眼

奈良は静かな街です。

東大寺の大仏殿の前に立つとき、春日大社の参道を歩くとき——この街には「時間の重さ」があります。千二百年以上の歴史が、石畳の一枚一枚に、社寺の柱の一本一本に滲んでいる。

この街で着物の仕事を続けてきたことが、私の色に対する感覚を育てたと思っています。

奈良の正倉院には、シルクロードを渡って中国・唐から伝来した染織品が眠っています。千三百年前の色が、今もそこに残っている。正倉院展でその色と向き合うとき、私はいつも「色は時間を超える」ということを感じます。

正倉院裂の色は、現代の私たちが見ても美しい。千三百年という時間を超えて「美しい」と感じさせる色には、何か普遍的なものがある。その普遍性を、着物の色選びの中に見つけることが、私の長年の問いかけです。

流行の色ではなく、時間に耐える色——それを選ぶことが、老舗の呉服店に課せられた責務だと思っています。

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七 受け継ぐということ

先日、ご来店になったお客様が、お母様の着物を持ってこられました。

「母が大切にしていた訪問着ですが、私が着てもいいものか、相談したくて」とおっしゃいました。

拝見すると、昭和中期の手描き友禅の訪問着でした。色は少し褪せているかもしれない。でも正絹の地の深み、友禅の筆の確かさ——誰かが心を込めて選んだことが布から伝わってくる一枚でした。

「もちろん着られます。いえ、着なければもったいない着物です」とお伝えしました。

帯を合わせながら、お母様がどんな場面でこの着物を着ておられたかを想像しました。そして今、娘さんが同じ着物を纏うとき、その着物の物語がまた一ページ加わる——そう思うと、着物の仕事をしていてよかったと感じます。

着物は「受け継がれるもの」です。それが着物という衣の本質です。受け継がれることで、着物の価値は深まる。一枚の着物に積み重なった「着た人の時間」は、どんな高価な新品にも代えられない

四代目として店を継いでいる私は、商売を受け継いでいるだけでなく、着物を受け継ぐことの意味を、お客様と一緒に考え続けています。

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八 着物を着るということ

最後に、少し個人的なことをお話しします。

私自身、着物を着る日、着物と帯や小物の合わせをわくわくした気持ちで行います。今日は、どんな方にお会いして、どんな楽しいおしゃべりをしよう!と。

着物と帯と小物を合わす事は、「どんな楽しいお喋りをしようか」と考えるのと全く同じだと思っています。

着物屋の女将として当然のことのようですが、実はそれが最大の「実験」でもあります。

今日の自分の気分・今日の天気・今日お会いするお客様——それらを思い浮かべながら着物を選びます。今日は静かにいたい日だから、落ち着いた色の小紋を。今日は明るくいたい日だから、少し華やかな帯を——。

着物は「今日の自分」を表現する言語です。気分が着物に出る。着物を着ることで気分が変わる。この往復の中に、着物生活の豊かさがあります。

お客様が「着物が似合わない」とおっしゃるとき、私はいつも思います。似合わないのではなく、まだ「その方の色」に出会っていないだけだと。

どんな方にも、その方の顔を最も美しく見せる色がある。その色を一緒に探すことが、私の仕事です。そして、その色と出会った瞬間の、お客様のお顔の変わり方——あの瞬間のために、私はこの仕事を続けています。

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着物の色は、嘘をつきません。

顔に当てた瞬間に、光が答えを出す。「これだ」と思った色は、たいてい「これだ」です。長年の経験から言えるのは、この「瞬間の光の答え」を信じることが、正しい色選びの最後の一歩だということです。

祖父が言っていた「色は単独では存在しない」という言葉の先に、私はもう一つの言葉を付け加えたいと思っています。

色は、人と出会ったとき、初めて完成する。

どれだけ美しい着物の色も、着る人と出会うまでは「可能性」に過ぎません。着る人のお顔に当たり、その方の生命力と交わったとき——その色は完成します。

その完成の瞬間を、お客様と一緒に体験できることが、奈良でこの仕事を続けてきた私の最大の幸せです。

奈良でお着物についてお悩みやお困りがある方は、どうぞご相談下さいませ。

奈良 染と呉服はっとり 

四代目女将 服部容江

はっとりの歴史 ― 奈良で受け継ぐ着物の美
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