女将手帖|四代目女将が語る”着物の審美眼”と向き合い方の原点

三歳の私は、着物を畳の上で転がして遊んでいました。
その私が、なぜ今こうして店に立っているのか。少し長い話になりますが、お付き合いください。
「呉服は待つ(松)もの」——これは、当店が長く大切にしてきた言葉です。
けれど、私自身がこの言葉の重みを本当に理解するまでには、随分と長い時間がかかりました。
今日は、四代目として店に立つようになるまでの、決して平坦ではなかった道のりと、
その途中で出会った人たちから受け取ったものについて、少しお話しさせてください。
着物を、おもちゃにしていた子供時代
生まれた家が呉服屋だったというだけで、子供がその道を選ぶようになるとは限りません。私の場合も、最初はただ、店の奥にある畳の間が遊び場だった、というだけのことでした。
三歳の頃、私は店に届いたばかりの反物を、ごろごろと転がして遊んでいたそうです。柔らかな絹の感触が気持ちよかったのでしょう。祖母や母からは「行儀が悪い」「遊び道具ではありません」と何度も叱られましたが、不思議なことに、布と一緒に過ごす時間そのものは、嫌な記憶として残っていません。むしろ、肌に触れる絹の感触、染め上がったばかりの生地のかすかな匂い——そうしたものが、今でも体の奥のどこかに”心地の良いもの”として残っている気がします。
振り返れば、これは英才教育などではありませんでした。ただ、着物が常に「そこにあるもの」として、私の日常の風景の一部になっていた、というだけのことです。しかし、この「当たり前にそこにある」という感覚こそが、後になって私の審美眼の土台になっていたのだと、今は思います。
祖父の教え——「見てわからぬなら、見る目をつくれ」
私が着物の世界に本気で向き合うようになった転機は、祖父の存在でした。祖父は、この店をここまで育ててきた人で、その教え方は今思えば、決して甘いものではありませんでした。
私が小学生の頃、初めて店の手伝いとして帯と着物を合わせる練習をしていたときのことです。私が選んだ組み合わせを一目見て、祖父は何も言わずにその場を離れていきました。「悪い」とも「違う」とも言わない。ただ、黙って離れる。その背中を見て、私は何が間違っていたのかを、自分で考えるしかありませんでした。
しばらくして、ようやく祖父のところへ「地色の濃淡が合っていなかった気がします」と伝えに行くと、祖父はようやくこちらを向いて、一言だけ言いました。「見てわからぬなら、見る目をつくれ。教えてもらった答えは、お前の目にはならん」。
当時の私には、ただ厳しいだけの言葉に聞こえました。なぜすぐに教えてくれないのか、と何度も思いました。しかし今、自分が店に立つ立場になって分かるのです。祖父が私に授けようとしていたのは、一つの正解ではなく、自分自身の目で美しさを判断できる力そのものだったのだと。答えを与えることは簡単です。けれど、見る目は、誰かに与えられるものではなく、自分の中で育てるしかないものなのです。
幾度となく繰り返された、無言の指導
祖父の指導は、その一度だけではありませんでした。例えば、お客様の前に出す前の着物を、私が畳んで棚に納めると、後で必ず祖父がもう一度それを開き、畳み直していることがありました。何が違うのか、最初は全く分かりませんでした。
何度目かに、思い切って「どこが違うのですか」と尋ねたとき、祖父は静かに着物を広げ、ほんの数ミリの折り目のずれを指でなぞりました。「これくらいの違いは、お客様には分からん。けど、わかるお客様も、必ずいる。その方のために仕事をするんや」。
この言葉は、今も私の中に深く残っています。誰にも気づかれないかもしれない数ミリの違いに、なぜそこまで時間をかけるのか。けれど、その「誰かは必ず気づく」という前提のもとに、すべての仕事を積み重ねていくことこそが、老舗という言葉の正体なのだと、祖父は身をもって教えてくれていたのだと思います。
京都の工房で見た、もう一つの景色
祖父の教えと並んで、私の審美眼に大きな影響を与えたのが、母方の祖父母のもとで見た京友禅の制作現場でした。母の実家は、京都で友禅染めに携わってきた家で、長期の休みになると、私はよく京都の家に遊びに行っていました。
工房に足を踏み入れると、まず空気の匂いが違いました。染料の匂い、糊の匂い、乾いた絹の匂い——それらが混ざり合った、独特の空間です。祖父母や職人たちが、一枚の白生地に下絵を描き、糸目糊を置き、何度も何度も色を差していく様子を、私は息を殺すようにして眺めていました。
特に忘れられないのは、一色のぼかしを入れる工程です。職人が筆を持つ手の動きはとても静かで、しかし筆先からは、見ているこちらが息を止めてしまうほどの緊張感が伝わってきました。一瞬の迷いが、そのまま布の上に残ってしまう。だからこそ、迷いのない手の動きが、何より美しく見えたのです。
「これは何度も同じことをやって、初めて迷いがなくなるんよ」。祖母がそう言って、私の頭をそっと撫でてくれたことを覚えています。子供だった私には、その言葉の本当の重みはまだ分かりませんでした。けれど、何十年も同じ作業を繰り返した果てに辿り着く「迷いのない一筆」というものに、私は確かに心を奪われていました。あの工房で過ごした時間がなければ、私は染めの深みというものを、こんなに大切に思うことはなかったかもしれません。
そして、「何度もコツコツと努力する」が私を支える言葉にもなっています。何の世界も積み重ねが一番大事だと教えられたのです。
店を継ぐことへの迷いと、ある日の気づき
正直に申し上げると、私にも「この道を継ぐべきか」と迷った時期がありました。呉服業界の先行きへの不安、家業を継ぐことの重さ、自分自身の人生をどう選ぶべきかという、ごく普通の悩みです。
その迷いに区切りをつけたのは、ある日、店にいらしたお客様の一言でした。お母様の振袖を、娘さんのために仕立て直したいというご相談でした。お母様は、その振袖を選んだ日のことを、まるで昨日のことのように話してくださいました。当時の経済的な事情、両親が無理をして用意してくれたこと、成人式の日に感じた誇らしさ——一枚の着物の向こうに、一つの人生が見えた瞬間でした。
その時、私はようやく理解しました。私が祖父や京都の祖父母から受け取ってきたものは、染めの技術や接客の作法だけではなかったのだと。それは、一枚の着物が、誰かの人生の大切な時間を、静かに、しかし確かに支え続けるという、その仕組みそのものへの敬意だったのです。50年前の訪問着を再びよみがえらせた記事
着物を受け継ぐ文化については、こちらの記事でも詳しくお話ししています。
四代目として、今思うこと
四代目として店に立つようになった今も、大女将である母は、今でも店に出て、お客様のお相手をしてくれることがあります。その姿を見るたびに、私はまだまだ学ぶことが多いと感じます。
祖父が私に授けてくれた「見る目は自分でつくれ」という教えは、今、私自身がお客様と向き合う際の核になっています。すぐに答えを出すのではなく、一緒に時間をかけて、その方にとって本当にふさわしい一枚を見極めていく——これは、決して効率の良い方法ではありません。けれど、「呉服は待つ(松)もの」という言葉の本当の意味も、ここにあるのだと、今は分かります。
着物は、急いで選ぶものではありません。その方の人生の時間に、静かに寄り添うことができるかどうか。それを見極める目を持つために、私は三歳の頃から、知らないうちにずっと育ててもらっていたのだと思います。
おわりに——審美眼とは、誰かから受け取るバトン
審美眼というものは、一人で完成するものではないのだと、私は思っています。祖父の厳しい無言の指導、京都の工房で見た職人たちの迷いのない手——それらすべてが、今の私の中に積み重なって、ようやく一つの「目」になっています。これは、もう”お陰様で”というしかありません。
私の中で着物と向き合う時間は、喜びでもありますが、どこか覚悟を決めて自分を戒めてかかっている時間でもあります。難しくて表現出来ませんが、厳しく嬉しいものなのです。
この目を使って、お客様の人生の節目に寄り添う一枚をお選びすることが、私にできる、これまで受け取ってきたものへの、何よりのお返しだと思っています。
審美眼とは、ただ“見る力”ではなく、 その家に流れる時間や想いを感じ取る力でもあります。 実際に当店では 80年前の振袖 や 80年前の黒留袖 を次の世代へ受け継ぐお手伝いもさせていただきました。ご家族の物語そのものが着物に宿っていました。
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着物に向き合うとき、多くの方が同じ悩みを抱えています。 「どれを選べばいいのか分からない」 「自分の目に自信がない」 「値段の違いが、どこに現れるのか分からない」
そして何より、 “本当に良いものを見極める目が、自分にはあるのだろうか” という不安です。
けれど、その不安はとても自然なもの。 私自身も、幼い頃から反物に囲まれて育ちながら、 祖父の横で何度も何度も「見る目」を鍛えられてきました。
審美眼は、最初から備わっているものではありません。 誰かの手元で、誰かの背中を見ながら、 少しずつ育っていくものなのです。
お客様と共にお着物選びのお手伝いが出来ましたら光栄に存じます。
次にお店でお会いできる日を、楽しみにしております。
染と呉服はっとり 四代目女将 服部容江
四代にわたり受け継いできた目で、一枚一枚をお見立ていたします。
完全予約制にて、ゆっくりとご相談を承っております。
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