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八十年を生きた黒留袖が教えてくれたこと|お手入れに込められた家族の物語

80年前に誂えられた加賀友禅 黒留袖 御所解き柄

過日、二枚の黒留袖がお預かりのために当店にやってきました。
広げた瞬間、その場の空気がしんと変わりました。滅多に前に出ない大女将も「素晴らしい加賀友禅ですね」と着物をのぞき込んでいます。凄い迫力で語りかけてくるその着物の染に一瞬で心が奪われました。

今日は少し、仕事の現場からの話を書かせてください。

午前中、一組のご家族から二枚の黒留袖をお預かりしました。お姑様のものと、奥様のもの。どちらも、お手入れに出したいとのことでした。

着物を広げるとき、私にはいつも少し緊張があります。何が出てくるか、ではなく——どんな時間が出てくるか、という緊張です。今日の二枚は、予想をはるかに超えるものでした。

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一枚目の黒留袖

お姑様の黒留袖——八十年を生きた加賀友禅の御所解

風呂敷を解くと、まず黒が現れました。深く、静かな黒。八十年は経っているとお聞きしていましたが、その黒には少しも衰えがありませんでした。

裾模様に目を落とした瞬間、息が止まりました。御所解(ごしょどき)の柄です。御殿のしつらいを思わせる御庵や垣根、四季の草花が織り込まれた庭園、そしてゆるやかに流れる水の文様——まるで一枚の絵巻物が、裾いっぱいに広げられているようでした。加賀友禅らしい写実的な筆致で、松や紅葉、菊や梅が一つの景色の中に同時に咲き、まさに王朝の雅を映した意匠です。

加賀友禅特有の「外ぼかし」の表現——花や葉の輪郭が内側から外側へ自然に色を失っていく技法——が、八十年の時を経てなお驚くほど鮮明に残っています。

色が褪せていない。これが何より驚きでした。薄紅と黄土、薄藍色、そして墨のような藍色が、黒地の上で今もなお堂々と物語を語っています。昔の職人が、どれほどの顔料を惜しまず使ったか。御所解という、図案だけでも大変な手間のかかる柄を、どれほどの時間をかけて描き上げたか。裾模様の前に立つと、その仕事の凄みが肌で伝わってきます。紛れもない加賀の作家の落款がその作品の名を語りかけてくるようです。

これほどのものを、八十年前に誂えた方がいらっしゃった。そのことに、私はただただ頭が下がりました。家紋を拝見すると、石持(こくもち)ではなく完全お誂えの黒留袖でした。見事なものでした。(家紋は差し控えます)

御所解の柄は、ひとつの風景の中に四季がすべて同時に存在します。それは「いつの時代も、この家にとって佳き日であるように」という、誂え主の願いそのものなのかもしれません。― 広げた瞬間に、思ったこと・・・

二枚目の黒留袖

奥様の黒留袖——唐花の京友禅に込められた、姑の心意気

もう一枚を広げると、こちらもまた、全く異なる美しさが現れました。

京友禅の唐花文様。唐花とは、実在しない花——中国の意匠を源流に持つ、様式化された花の文様です。その不思議な花が、黒留袖の裾から流れるように、品よく、しかし力強く広がっています。京友禅らしい、繊細で澄んだ色使い。筆の線の一本一本が、どこまでも丁寧です。花の周りには金駒刺繍が丁寧にそして豪華にあしらわれています。

黒留袖 京友禅 唐花

お聞きすると、これはお姑様がお嫁さんのために誂えてくださったものだとのこと。

その言葉を聞いた瞬間、着物がまた別の顔を見せてきました。単なる美しい染め物ではなく、ひとりの女性の想いが凝縮されたものとして、目の前にある。お姑様はきっと、何度も何度も黒留袖を選びに行かれたのではないでしょうか。「この子にはどんな柄が似合うか」「どんな場面で着てほしいか」「どうか長く大切にしてほしい」——そういった思いを、唐花の一枚一枚に託されたのではないかと。

黒留袖はただの礼装ではありません。家族の晴れの日に纏う着物です。息子の結婚式で、母親が着る。お姑様がお嫁さんのためにそれを誂えるということは、「あなたを家族として迎える」という、言葉より深い宣言です。

「あなたに、これを着てほしい」
——その言葉よりも深い想いが、
唐花の一枚一枚に宿っていました。― 奥様の黒留袖を手にして

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二枚を並べて、しばらくそのまま眺めていました。

加賀友禅の御所解を誂えた方は、今はもうこの世にいらっしゃいません。大正生まれの姑様が誂えた八十年という時間は、そういうことを意味します。でも、その方が何十年も前に下した「この着物を誂えよう」という決断が、今もここに、色褪せないまま存在している。

どんな方だったのだろう、と思いを馳せます。

御所解という、これほど手の込んだ図案を選ばれたということは、相当な見識と心意気をお持ちの方だったはずです。御殿や四季の庭園を描くこの柄には、「家が代々栄えるように」「いつの季節も穏やかであるように」という、古くからの吉祥の願いが込められています。きっとご自身の、あるいはご家族の晴れの日のために、心を込めて職人へ依頼された方だったのでしょう。

着物はそのことを、何も語ってくれません。ただ、あの御所解の精緻な筆致と、八十年を経ても褪せない色が、誂え主の並々ならぬ心意気だけを、静かに伝えています。

きっと、素晴らしい方だったのだと思います。

女将としての視点

着物を引き継ぐということは、単に布を受け取ることではありません。その着物に込められた想いを、時間を超えて受け取るということだと、私はいつも思っています。

八十年前に誂えられた加賀友禅の御所解は、誂え主が生きた時代の美意識と、家の繁栄を願う心を、今に伝えています。御殿や四季の庭園を描いたその柄は、まさに「この家にいつも佳き日々がありますように」という祈りそのものです。お姑様が選んだ唐花の京友禅は、お嫁さんへの愛情を、色と柄に封じ込めています。それらが今日、このご家族の手の中にある。

綺麗にお手入れして、また晴れの日にお召しいただけますように、と願わずにはいられません。いつかお孫さんの結婚式で、あるいはそのまた先の世代の晴れの日に——この二枚の黒留袖がまた人前に現れて、会場の空気をそっと変えるような場面を想像すると、胸が熱くなります。

天国のお母様も、きっと同じことを願っていらっしゃると思います。「あの子が着てくれた」「大切にしてもらえた」——それだけで、十分なのではないかと。

着物を引き継ぐことの豊かさは、物の豊かさではありません。時間を繋ぎ、想いを運び、見えない絆を次の世代へと渡していくことの、心の豊かさです。今日、この二枚を手にして、改めてそのことを深く感じました。

着物は、人の想いを
時間の向こうへ運ぶことができる。
それだけのものを、私たちは扱っている・・・・・ 二枚の黒留袖を前にして、今日思ったことです。

お手入れが終わって、綺麗になった二枚がこのご家族のもとへ戻っていく日が、今から楽しみです。どうか長く、大切に。そしていつか、次の誰かへ。

着物文化は、若い世代の感性と出会うことで新しい息吹を得るものです。黒留袖の物語も、未来の誰かがまた新しい意味を見つけてくれるはずです。

それが、着物というものの本当の仕事だと、私は信じています。

着継ぎの定義(本物の着継ぎとは何か)

着継ぎとは、布を受け渡すことではなく、 その家が歩んできた時間と記憶を、次の世代へそっと手渡す営みである。

それは、仕立てや寸法直しの技術だけで成立するものではない。 その家が大切にしてきた価値観、祝いの場で重ねてきた想い、 奈良の季節とともに過ごした年月── そうした“目に見えないもの”を理解し、尊重できる者だけが扱える領域である。

着継ぎは、今日思いついて語れるものではない。 長い年月の中で、お客さまと共に歩み、 その家の歴史を知り、変化を見守ってきた店だけが担える役目である。

着物を継ぐとは、家族の祈りを継ぐこと。 その祈りを傷つけず、濁らせず、次の世代へ澄んだまま渡すこと。

それが、奈良で商いを続けてきた当店が守り続けている「着継ぎ」の本質です。

箪笥の奥に眠ったままの黒留袖はありませんか。お母様から、あるいはお姑様から受け継いだまま、どうしたらよいか迷っていらっしゃる着物はありませんか。

着物は眠らせておくより、誰かに着てもらう方が、きっと喜びます。お手入れで蘇ることも、仕立て直して次の世代へ渡せることも、たくさんあります。まずは一度、広げてみてください。そしてよろしければ、当店にご相談ください。

誂え主様の想いごと、大切にお預かりします。

染と呉服はっとり 四代目女将 服部容江


お客様より心温まるお手紙をいただきました

今回、黒留袖のお手入れをご依頼くださったお客様より、心温まるお手紙を頂戴いたしました。

お預かりした黒留袖は、今は亡きお姑様が大切にお召しになられていた一枚でした。

お手紙には、「今回のことが、お姑さんへの何よりの供養になりました」と綴られており、着物を通して改めてお姑様への感謝の気持ちが湧いてきたこと、ご主人様も大変喜ばれていることが記されていました。

また、お姑様は教育者として多くの方々に慕われ、美空ひばりさんを思わせるような明るく豪快なお人柄だったこと、ご家族にとって今もなお大切な存在であることが、文章の随所から伝わってまいりました。

さらに驚いたのは、「この記事を印刷し、黒留袖と一緒に大切に保管します」とのお言葉でした。

私どもは、一枚の着物をお預かりするたびに、その向こうにあるご家族の歴史や思い出も一緒にお預かりしているのだと、改めて感じました。

このようなお手紙を頂戴できましたことは、呉服店として何よりの励みであり、大きな喜びです。

心より感謝申し上げます。

着物は、世代を超えて人と人の想いをつないでくれるものです。これからも一枚一枚の着物に込められた物語を大切にしながら、お客様のお役に立てる呉服店であり続けたいと思っております。

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着物は素敵だけれど、どうしたらいいの?管理の仕方は?
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どうぞご相談下さいませ。一緒に考えさせていただきます。
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