奈良のお水取りの頃に思い出す東大寺とのご縁|奈良の老舗呉服店の古い記憶

奈良で長く商いを続けてきた呉服店として、
東大寺と共に流れてきた奈良の時間を、
私たちは身近に感じながら仕事を続けてきました。
春を告げる 修二会(お水取り) の頃になると、父から聞いた東大寺の昔話を思い出します。
東大寺の春
奈良では三月になると、春の訪れを告げる行事があります。
それが 修二会(お水取り) です。
毎年三月、東大寺二月堂 で行われるこの行事が終わると、
「奈良に春が来る」と昔から言われてきました。

父の思い出
私の家にも、東大寺とご縁を感じる古い思い出が残っています。
父は、奈良の名門校である 東大寺学園中学校・高等学校 の前身の時代に学びました。
昭和二十年代のことです。
当時、学校には 狹川明俊 管長が校長として関わっておられ、
清水公照先生には、書道の授業中に文鎮で頭をポンとたたかれたと。
実に愛情を持って生徒に「書の大切」さと「静寂」さを教え込まれたかが、うかがえます。
その後には 狹川宗玄 先生から教えを受けていたと父はよく話していました。
奈良という町は、寺院と教育が深く結びついた土地です。
父の学生時代も、そうした奈良らしい空気の中で過ごしていたようです。
当家には今も、東大寺の管長であった狹川明俊師(元第203世別当)の書が残されています。
「瑞 雲」
静かで品格のある筆致を見るたびに、奈良という土地の長い歴史を感じます。
清水公照師(元第208世別当)の掛け軸「お雛様」も店頭に飾らせていただいております。
この掛け軸は、実にダイナミックで筆跡が強く見ているだけで元気をいただけます。
曾祖母の事
父は大人になってからも同窓会に参加するたび、
学生時代の修学旅行の話をよくしていたそうです。
昭和の奈良らしい、大らかな時代の思い出です。
その修学旅行には、当家の初代創業者である曾祖母・服部カツが付き添いとして同行していたと伝えられています。
今では少し驚くような話ですが、生徒の親族が修学旅行に付き添うことは多々あったようです。
そして、当時の宿ではまだ混浴の文化が残っていた時代でした。
曾祖母はは男性の先生方と同じ湯に入って、夕の語らいを楽しんでいたそうです。
父は笑いながら未だに語っています。
同窓会でも狹川宗玄先生(元第211世別当)が覚えておられ話題に上ったと自慢げに話をしてくれました。
本当に古き良き時代でした。
現代の感覚では想像しにくい話ですが、昭和の初めから中頃にかけては、
地方ではそうした風習がまだ自然に残っていました。
奈良の古い町並みと同じように、人と人の距離も今よりずっと近かった時代だったのでしょう。
奈良では、お水取りが終わる頃になると、長い冬が終わり、町の空気が少し柔らぎます。
そんな季節になると、父から聞いたこうした昔話が食卓に上がってきます。
寺院の歴史だけでなく、人の暮らしの中にも東大寺は息づいているのだと感じます。
当店も奈良で呉服店として長く商いを続けてきました。
着物というものは単なる衣服ではなく、
その土地の文化や人の記憶と共に受け継がれていくものです。
父から聞いた東大寺の思い出、そして曾祖母が同行した修学旅行の話。
こうした小さな記憶もまた、奈良という町の歴史の一部なのかもしれません。
お水取りが終わり、奈良に春が訪れるこの時期になると、
東大寺と共に歩んできた奈良の時間を、あらためて静かに感じます。
これからも奈良の地で、着物を通して人と文化をつなぐ仕事を続けていきたいと思っています。
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