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三十数年ぶりに取り出した黒留袖|カビとシミから蘇った実例|奈良の着物クリーニング

黒留袖 カビ取りと丸洗いに出された着物

「もう着られないかもしれない」と不安を抱えてお持ちになったお客様。
息子さんの結婚式まで、間に合うだろうか——。

お電話口で、少し声が揺れていらっしゃいました。

「息子の結婚式が決まりまして。黒留袖を久しぶりに出してみたら……カビとシミがひどくて、もうこれは着られないでしょうか」

三十数年前に誂えた黒留袖。お嫁入り道具として元呉服屋さんのお父様が誂えて下さったとのこと。そのまま箪笥の奥にしまわれ、今回初めて取り出してみたのだそうです。

結婚式はまだ先ですが、着物の準備は1ヶ月以内にしておかなければならない——そういう期限の中でのご相談でした。焦りと不安が、電話口の声ににじんでいました。

「一度見せていただけますか。実際に拝見しないことには、何とも申し上げられませんので」とお伝えして、ご来店をお待ちしました。

RECEPTION

奈良でご相談いただいた黒留袖の状態——正直に記録します

たとう紙を開いた瞬間、かすかな黴の匂いがしました。広げてみると、黒地の着物全体に白い斑点と薄茶色のシミが散らばっており、一目で「かなり時間がかかる仕事になる」と感じました。

でも、同時に感じたこともありました。三十数年の時を経ても、この着物の生地には力が残っている、と。裾模様の染めはまだ鮮やかで、生地そのものは傷んでいません。カビやシミに覆われてはいるけれど、生地の芯は確かに生きている——そう判断しました。

「カビやシミで覆われていても、生地が生きている着物は、必ず蘇ります。問題は時間と、どこまで戻せるかの正直な見極めです。」― 四代目女将より

お客様に状態をご説明しました。「カビのほとんどが取り除けるかはやってみないと分らない部分もあります。シミの大半は対応出来ると思います。ただし、染料の上にカビが入り込んでいる部分については、処理によって染料ごと抜けてしまう可能性があり、その場合は別途染色補正が必要になるかもしれません。少しお時間がかかるかもしれません。悉皆職人さんに委ねさせていただきます」と。

お客様は少し安堵されたようでした。「どうかよろしくお願いします」と、その言葉にすべてが込もっていました。

PROCESS

お手入れの工程——カビ取り・シミ抜き・丸洗い

STEP 01

全体の状態確認と処理方針の決定

着物を明るい場所で全体に広げ、カビの分布・シミの種類と位置・染料の状態を詳しく確認します。カビが染料の上にあるかどうかを見極めることが、この段階で最も重要な判断です。

STEP 02

カビ取り処理——慎重に、丁寧に

カビを取り除く専用の処置を施します。カビは擦れば落ちるものではなく、カビの菌糸ごと処理しなければ再発します。また、生地への薬品の影響を最小限に抑えるための調整が必要なため、一気にではなく段階的に進めます。

STEP 03

シミ抜き——種類に合わせた処理を

三十数年の間に生じた経年のシミは、埃・湿気・空気中の汚れが複合したものです。水性・油性・タンパク質系と種類に応じた薬品を使い分けながら、一か所ずつ丁寧に処理します。

STEP 04

丸洗い——全体をすっきりと

カビ取り・シミ抜きの後、着物全体を専用の溶剤で丸洗いし、残った微細な汚れと匂いを除去します。長年しまわれていた着物特有のこもった感じが、丸洗いによって一新されます。

STEP 05

仕上げ・最終確認

スチームプレスで整え、生地の艶と張りを整えます。仕上がった着物をもう一度全体で確認し、問題がないことを確かめてからお返しします。

カビ処理・カビ取りの実例写真

HONEST NOTE

正直な判断——「あえてしなかった処置」のこと

女将の判断記録

染料の上のカビ跡は、今回そのままにしました

カビ取りの工程を経ても、柄の中の染料の奥にまでカビが入り込んでいた数か所は、完全には取り除くことができませんでした。これに手を加えると、わずかに色が抜けたような跡が残ります。

この部分を完全に直すためには「染色補正」という処置が必要です。傷んだ染料の色を職人が筆で補い、元の色に戻す技術です。ただし、染色補正は非常に繊細な作業であるため、費用が高額になることがほとんどです。

今回は処置後に着物全体を見て、その箇所が柄の中でほとんど目立たない状態であることを確認しました。お客様が結婚式という礼装の場で着用されるにあたって、実際に着付けをした際に見えるかどうかを基準に判断した結果、今回は染色補正をせずに仕上げることが最善と判断しました。

「完璧に直す」ことより「お客様にとって最善の選択をする」ことが私たちの仕事です。高額な処置を勧めるより、実際の状態を正直にご説明して、お客様自身に判断していただく——それが当店の在り方です。

RESULT

蘇った黒留袖——三十数年の時を超えて

お返しの日、仕上がった黒留袖を広げてお見せしたときのお客様の表情は、今も鮮明に覚えています。

カビの白い斑点も、茶色いシミの多くも消えていました。黒地は落ち着いた深みを取り戻し、裾の染めが改めて美しく見えました。三十数年前に誂えられた着物が、今ここに、もう一度息をしている——そういう感覚がありました。

お客様はしばらく無言で着物を見つめていらっしゃいました。そして静かに、「きれいになりましたね」とおっしゃいました。その言葉は、多くを語らないけれど、深かった。

「もう着られないかも」と思っていた着物が、
息子の晴れの日に、再び袖を通せる一枚に。
それだけのことが、どれほど嬉しいことか。― 心から喜ばしいことか。

<その後のお話>  仕上がった着物をお受け取りになるその日、お客様は手に美しい包みのお菓子をお持ちくださいました。蘇った黒留袖をご覧になった瞬間の、あの笑顔と感激のお言葉——「こんなに綺麗になるとは思っていませんでした。本当にありがとうございます」と。

息子さんの結婚式はまだ先のことだそうですが、「1ヶ月以内に着物を用意しておかなければならないので、間に合って本当によかった」とのこと。期限の迫る中でのご依頼でしたが、こうして間に合わせることができて、私たちも心からほっとしました。

お気遣いのお菓子と感激のお言葉。こちらこそ、こんなに光栄なことはありません。仕事の喜びとはきっとこういう瞬間に宿るものだと、改めて深く感じました。心から励みになりました。

✦ ✦ ✦

女将としての視点

「もう着られない」と思って持ち込まれた着物が、お手入れを経て蘇る——この仕事をしていて、最も深いところで喜びを感じる瞬間のひとつです。

今回の黒留袖で私が大切にしたのは、「完璧に直すこと」ではなく「お客様が安心して結婚式に出られること」でした。染色補正をすれば確かに跡は消えます。でも、その費用対効果として、今回の状態でそこまで必要かどうかを正直に判断しました。

着物のお手入れには、できることとできないことがあります。そしてできることの中にも、「すべきこと」と「あえてしないこと」があります。その判断を、お客様の事情・着用の目的・費用のバランスを踏まえてお伝えすることが、老舗としての誠実さだと思っています。

「ありがとう」のお言葉と一緒にいただいたお菓子を、スタッフ皆でいただきながら、またがんばろうと思いました。そういう日が、この仕事の宝です。

箪笥の奥に、長年しまったままになっている黒留袖や礼装はございませんか。「もう着られないかも」と思っていても、まず一度見せていただけますか。状態を確認して、何が可能かを正直にお伝えします。

黒留袖のカビやシミは、時間が経っていても生地が生きていれば蘇ります。

カビ・シミがどの程度あっても、諦めるのは実物を見てからで十分です。できることとできないことを正直に申し上げたうえで、お客様にとって最善の判断をご一緒に考えます。完全予約制にてお一人お一人にじっくり向き合わせていただきます。

「もう着られないかも」の前に、一度ご相談を

カビ・シミ・黄変——どんな状態でも、まず実物を見せてください。
できることを正直にお伝えします。完全予約制となります。


今回のお客様からは、このようなお言葉をいただきました。

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皆さんお着物を日常にお召しになられないのでこんな疑問は当たり前のことです。
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