母の夢が宿る、圧巻の一枚の振袖|京友禅と京繡の彩り

本日、あるお客様から「振袖の状態を確認してほしい」とのご依頼をいただき、拝見させていただきました。この道五十五年以上を歩んできた大女将と、私と、二人で衣桁に通し、生地に触れた瞬間、思わず息をのみました。
京友禅の丹念な染めに加え、一面の花に施された静かな京繡とその佇まい。
これほどの一枚には、大女将も私も、そう滅多にお目にかかれません。今日はその出会いについて、少しお話しさせてください。
大女将と、言葉を失った一枚
お預かりした振袖を広げた瞬間、大女将と私は、しばらく声が出ませんでした。京友禅の染めの一つひとつが丁寧に挿され、その上に、まるで刺すのではなく描くように施された京繡が、生地の一面を静かに彩っています。
派手さで人目を引く柄ではなく、近づいて見るほどに、その仕事の緻密さに引き込まれる一枚でした。
京友禅で描かれた花の上に、これほど数多くの刺繍を打った作品を、私はこれまで見たことがありません。これまで拝見してきたあらゆる作品を思い返してみましたが、この表現に類するものは一つも思い当たりませんでした。
大女将は「これほどのお仕事は、そう出会えるものではありません」と、静かに、けれど確かな重みを持って言いました。長くこの仕事に携わってきた大女将がそう口にする振袖は、そう多くはありません。
一面の京繡が、静かに、けれど確かな熱を持って語りかけてくる。そんな振袖でした。
また、外出先から帰った父がこのお振袖の画像を見て、やはりしばらく考え込み、「手の凝った素晴らしい逸品だ」と静かに申しました。
それから、しばらくの間、何度も画像を眺めては、感嘆の声を上げておりました。
この一枚に込められた、お母様の願い
この振袖を大切にお持ちなのは、現在ご懐妊中の、まだお若い奥様でした。今は亡きお母様には、一人娘であるこの奥様に、いつか立派な振袖を着せてあげたいという夢があり、ずっとその日を夢見ておられたのだそうです。
お伺いすると、お父様のお知り合いの京都の染元さんで、三枚ほどの候補の中から、時間をかけてお選びになったとのことでした。滅多と世に出ない振袖が並び、三枚という限られた中からこの一枚を選び取られたお嬢様そしてお母様の目にも、確かな見識があったのだと感じます。
実話
振袖を広げながら、奥様は静かに「母が、一人娘の私にいつか立派な振袖を着せたいと、ずっと夢見てくれていた一枚なんです」とお話しくださいました。その言葉を聞きながら、この振袖の一針一針が、単なる装飾ではなく、お母様が娘のために抱き続けてこられた夢そのものなのだと、深く思い知らされました。
また、婚礼の際にお色直しの衣装としてお召しになられましたこともとても感慨深いものがあります。
天国のお母様へ
この振袖を拝見しながら、私は心の中で、今は亡きお母様に、そっとお伝えしておりました。「どうぞご安心ください。この振袖のお世話は、私どもが責任を持ってお預かりいたします」と。
お嬢様はこれまで、この振袖を託せる呉服店を、きっと真剣に探しておられたのだと思います。お母様が長年夢見て遺してくださった一枚を、どこに、誰にお預けするか。その選択は、決して軽いものではなかったはずです。私どもは、そのお嬢様のお気持ちごと、この振袖を大切にお守りしてまいりたいと存じます。
名品だからこそ、伝わるもの
正直に申し上げて、これほどの京友禅と京繡が一面に施された振袖は、価格の面でも相当なものです。けれど今日、私が心を動かされたのは、その金額の高さではありません。お母様が長い年月抱いてこられた夢が、一人娘のために、この一枚として選び抜かれた、その過程そのものでした。
今、その振袖は、お腹に新しい命を宿された若い奥様のもとにあります。もうすぐ生まれてくるお子様が、いつかこの振袖を目にする日が来るかもしれません。そう思うと、この一枚が背負っているものの大きさに、あらためて身が引き締まる思いがいたしました。
女 将 の 目 線
まだまだ、勉強を積まねばと
心から思えた一枚
この仕事に長く携わってきたつもりでも、今日のような振袖に出会うと、自分がまだまだ学び足りていないことを痛感させられます。大女将も私も、五十五年、そして三十数年、この道を歩んできましたが、それでも「初めて見る」と感じる仕事に出会うことがあります。
それは決して悔しさではなく、むしろ喜びに近いものです。呉服の世界には、まだ知らない仕事、まだ見ぬ技が数え切れないほどある。そのことを実感させてくれる一枚に出会えたことに、心から感謝しています。
そしてもう一つ、今日強く感じたのは、振袖とは装いである以前に、想いそのものだということです。お母様が一人娘のために抱き続けた夢、選び抜いた三枚の中からの決断。
そのすべてが、一枚の振袖に静かに織り込まれています。
私どもも、日々反物と向き合いながら、こうした一枚に恥じない仕事をしていかねばと、あらためて身の引き締まる思いがしました。
今日の出会いを胸に、これからも一つひとつの仕事に、心を込めてまいります。
店 主 よ り
今日は、当店でお誂えした振袖ではありませんが、あまりに心を動かされた出会いでしたので、皆様にもお伝えしたく投稿をさせていただきました。
振袖には、時に言葉を超えた想いが宿ります。
これからのこの振袖の出番が今から待ち遠しい気が致します。

お手持ちの振袖の状態確認や、これから先の着継ぎについて気になる点がございましたら、どうぞ染と呉服はっとりへご相談ください。一枚一枚、じっくりと向き合わせていただきます。
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